「のってのって券」で島原鉄道探訪その2
折り返し134レを撮影します。駅近くでどこか撮影ポイントないかなぁ???と即席で見つけたポイントですが、結果として信号機が屋根上に出てしまいました。
後ろの信号機が被ってしまい・・・(134レ 加津佐-白浜海水浴場前)
この日(10/13)の活動はこれまで。キャンプを張って1晩を過ごしました(雲仙・白雲の池キャンプ場(10/13)を参照下さい)
明けて14日。適当な撮影ポイントを探しながら移動。定番(?)の水無川橋梁で普賢岳をバックに撮影します。
水無川橋梁を渡るキハ20国鉄一般色(109レ 安徳-瀬野深江)
この水無川橋梁の近くには、かつて島原鉄道で活躍していたD37型ディーゼル機関車が保存されています。末期は普賢岳災害の資機材運搬列車として活躍したそうですが、南線廃線が決まった今、この機関車はどんな思いで列車を眺めているでしょう?
D37型ディーゼル機関車(D3703)
時刻表を見ていると、諫早行き急行しまばら号に何とか乗ることが出来そうです。島原外港から112レ(南島原から200レ急行)に乗り、北線も「乗り鉄」することにしました。
急行しまばら号とトロッコ列車(200レと「トロッコ」1便 南島原)
最高時速約80km/hで飛ばします。車両はもちろんエアサスを履いていますが、よく揺れます!2連の急行は結構混雑していて、北線は沿線に現在も「交通機関」として受け入れられているようで、ホッとしました。
加津佐行き急行しまばら号(201レキハ2500型キハ2510ほか 諫早)
列車表示は加津佐行きですが、この日は旧型車イベントのためか?南島原でキハ20島鉄色(猫ヒゲ)に乗換。島原外港まで1駅、旧型車の「ミニトリップ」を楽しみました。
この後、「道の駅みずなし本陣ふかえ」にある、土石流被災家屋保存公園を見学。土砂に埋まった家屋を見学し、改めて災害の恐ろしさを感じました。島鉄に訪れた際は、是非立ち寄って、普段忘れている「災害」の恐ろしさを、改めて感じて頂ければ・・・と思います。
土石流被災家屋保存公園(看板後ろに家の屋根が見えます)
この後、友達と運転を交代しながら大阪に向け、帰路につきました。
※ 撮影は134レがH19.10.13、他は全てH19.10.14に撮影しました。
本日もご高覧頂き、ありがとうございました。
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