名鉄鵜沼連絡線・・・かつて特急「北アルプス」(旧 準急たかやま)が国鉄(JR)に乗り入れるための短絡線です。短絡線は乗り入れ開始の昭和7年(1932)からではなく、大正14年(1925)には既に存在していた模様です。昭和7年の乗り入れ開始から、この短絡線が活用されていたようです。路線は短いものの歴史があり、様々な文献を研究してみるのも楽しそうです。
さて、この連絡線を走っていた唯一の列車である名鉄-JR連絡特急「北アルプス」が2001年9月30日をもって廃止され、その後連絡線がどうなったかを知りたくて、2008年1月13日に訪問しました。
JR坂祝側から連絡線沿いを歩きます。
山崎街道踏切から坂祝(さかほぎ)側合流地点を見る(左JR高山本線)
同じ踏切から新鵜沼側
速度制限標識

架線柱のある地点から左に大きくカーブ
途中の信号機は×印がしてあり、「そっぽ」向いていますが、「赤」点灯しています。この連絡線は廃止ではなく、休止扱いなのでしょうか?
出発信号機は「そっぽ」を向いていますが・・・
判りづらいですが、赤が点灯しています!
住宅地を急カーブで曲がる
住宅地を抜け、名鉄新鵜沼駅構内へ・・・(制限25キロ標識は駐車場のもの)
名鉄犬山線に合流
ポイントは撤去されてありません(T^T)
「北アルプス」や南海電車の「きのくに」等、様々な列車が国鉄に乗り入れていました。時代の流れとはいえ、寂しくなりました・・・
おまけ
キハ8000系 特急「北アルプス」(新名古屋 1991.3.11)
キハ8500系 特急「北アルプス」(高山 1993.9.5)
どちらの写真も、撮影時には乗ることがありませんでした。廃止直前に、友人と新名古屋→美濃太田まで惜別乗車しました。
キハ8500系は会津鉄道に譲渡され「AIZUマウントエクスプレス」として、活躍しています。
参考文献:民営鉄道の歴史がある景観Ⅲ(佐藤博之・浅香勝輔著・古今書院 H11)
本日もご高覧頂き、ありがとうございました。
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