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2009年5月30日 (土)

紀州鉄道探訪その2 キハ見学(2009.5.10)

この日、キハ603は稼動していなかった訳ですが、紀伊御坊駅にある車両基地で休んでいたので、隣接する駐車場からスナップ撮影させて頂きました。

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休んでいるキハ603(右)と休車中のキハ604(左)

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キハ604は部品取りに使われているようです

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半世紀近く走っていますtrain

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紀州鉄道オールキャストsign03

残念ながらこのキハ603、引退が発表されています(日高新報 さようなら「キハ603」参照)。また1つ、昭和が遠ざかっていきますね~

※ 管理人多忙のため、更新が遅れました。

本日もご高覧頂き、ありがとうございました。

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2009年5月17日 (日)

紀州鉄道探訪その1 廃線跡を歩く(2009.5.10)

5/10(日)、友人とスルッとKANSAI3dayチケットの最後の1枚分を使って、南海和歌山市駅に移動し、そこから切符を買って御坊を走る紀州鉄道を訪問する事にしました。御坊駅には残念ながらキハ603ではなく、キテツ1型が待っていました。とはいえ、かつては日本の3セク(第3セクター鉄道)の大半を走っていた富士重工製2軸レールバスも今や貴重な存在。軌道の悪さ(スンマセン)に加え、2軸による激しい揺れを堪能し、程なく西御坊駅に到着しました。

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昼下がりの西御坊駅に佇むキテツ1

廃線跡その1 大和紡績専用線廃線跡

西御坊から大和紡績の工場まで0.85km、専用線が延びていて、かつては貨物列車が行き来していましたが、S59.2の国鉄貨物合理化のあおりを受けてS59.6(1984)廃止されました。一部は駐車場になったり、川に掛かる鉄橋が無くなっていたりしますが、20年以上経った今でも所々でレールが残されています。

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西御坊の先、左日高川方面・右側駐車場が大和紡績専用線廃線跡

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途中で線路が復活sign03

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今にも列車が来そうな雰囲気ですeye

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川の手前で途切れる線路・かつては鉄橋を渡って奥の工場(現ダイワボウマテリアルズ 和歌山工場)へ線路が延びていた

その2 西御坊-日高川間

西御坊までは区間運転が多数あったものの、終点日高川まで走る列車は少なく、H元.4.1(1989)付で西御坊-日高川間0.7kmを廃止、全長2.7kmのミニ私鉄が誕生しました。現在では「日本一短いミニ私鉄」の座を千葉県の芝山鉄道に譲っていますが、今でも雰囲気は「日本一」かもしれません。

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キテツ1型の止まっている所が西御坊駅

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鉄板のっていますがガーター橋健在happy01

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家庭菜園の延長sign02花がきれいに咲いています

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踏切跡

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腕木式信号機の跡 終点は近いrun

踏切(警報機)の跡にはお決まり(?)の「使用中止」の表示。試しに看板を「踏切注意」に変えてみたら、看板自体が錆びていてそこで表示が止まったままとなり、現役時代さながらの表示にsign03もちろん撮影終了後、元の「使用中止」に戻しておきました。

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踏切の跡 警報機も残る

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踏切の跡を道路側から見る

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ローカル線廃線後の踏切には付きものの「使用中止」

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現役時代の表示

ポイントやホーム跡が残る日高川駅跡に到着しました。

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日高川駅跡構内から御坊方を眺める

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3本のガーター橋がかつての栄華を物語る

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プラットホームが残る日高川駅跡

この後紀伊御坊駅へ、今回は乗る事が出来なかったキハ603の見学へと向かいました。

参考文献 鉄道廃線跡を歩くⅧ 宮脇俊三編者 JTB刊 2001年

本日もご高覧頂き、ありがとうございました。

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2009年5月 6日 (水)

寝台特急「日本海」山崎カーブにて(2009.5.6)

今日は夕方から通称「山崎カーブ」にブルートレイン「日本海」を撮りに行きました。コンパクトデジカメを使って動画で撮影しました。

本日もご高覧頂き、ありがとうございました。

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2009年5月 2日 (土)

国鉄飾磨港線廃線跡を歩く(2009.4.29)

今年のGWは何をしようかと友人と相談した結果、スルッとKANSAIの3dayチケットを使い、関西近郊へ出かける事にしました。第1弾は国鉄飾磨港線廃線跡を歩きます。

この区間の廃線跡はH10.3.21に歩いています。アルバムを持って行けば良かったのですが、持参していなかった為、「定点撮影」に近い写真を※として掲載します。※のついた写真はH10.3.21撮影のものです。

国鉄飾磨港線(姫路-飾磨港 5.6km)は、正式には播但線の一部で、貨物列車を除き、末期は1日2往復の列車が往復するのみの路線でした。途中亀山・飾磨の2駅があり、姫路-飾磨間はほぼ並行して山陽電車が走っている為、廃止しても全く影響無かったのでしょう。国鉄分割民営化を控えたS61.10.31に廃止されています。

高架工事が完了した姫路駅では、旧地上ホームを撤去中。JR山陽本線高架切替工事の影響で、それまで山陽電車の下をくぐっていたJRを山陽電車の上に通し、逆に山陽電車を地平に切り替えるという工事が行われ、山陽電車はかつての飾磨港線廃線跡を活用して線路を切り替えました。

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解体工事が進む姫路駅地平ホーム(姫新線ホーム)

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レンガ造りの高架桁その1

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レンガ造りの高架桁その2 画像左の高架は山陽電車

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※現存するレンガ造り高架桁は左側のものと思われる 上が山陽電車・奥の気動車はJR姫新線 そして線路は飾磨港線の名残・・・

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左の空き地がレンガ橋桁に向かっていた山陽電車廃線跡 飾磨港線廃線跡は山陽電車or右側の道路辺り

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姫路市場(奥)に向かう

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※奥にある市場の看板は昔と変わらずeye

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姫路中央卸売市場 舗装された一帯はかつての姫路市場駅(貨物駅)

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山陽電車手柄駅付近から遊歩道に整備されている

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山陽電車と別れる

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※かつては勾配票が残っていた

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亀山駅跡 休憩所に整備されている

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山陽網干線をくぐる

山陽網干線をくぐり、紳士服店や大型ショッピングモールが見えてくればそこがかつての飾磨駅跡。かつて大きなヤードがあったのか、それとも大型工場があったのか?いずれにしても廃線跡は跡形もなく消え、更に産業道路が横断。廃線跡がこの先判らなり、断線してしまいました。前回訪問したときは発見するのにそれほど難しくなかったのですが・・・やむを得ず、この付近でなく、終点飾磨港駅をまず目指すことにしました。弊ブログでは時系列で記載すればややこしくなるので、そのまま南下する形態で記載しています。尚、廃線跡は葬儀会館(だったかな?)付近を通っていたようです。歩かれる方は目印にすれば良いでしょう。

新日鐵との分岐点では、専用線方面にはガーター橋が残っていましたが、飾磨港線のガーター橋は撤去されていました。

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新日鐵へ向かう専用線(右)との分岐点

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※かつては飾磨港線側(手前)にもガーター橋が残っていた

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標識が残る

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記念碑

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森の中を一路、飾磨港へ

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キロポスト(?)が残る

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姫路みなとドームのあるところがかつての飾磨港駅

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※後方のホテルは飾磨港線営業時からある建物

廃線跡も10年以上経つと、大きく風景を変えるなぁと実感した1日でした。

本日もご高覧頂き、ありがとうございました。

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